化学兵器の父、フリッツ・ハーバーの数奇な人生

1 : 2020/12/14(月) 00:20:17.86 ID:pyt+4N8Z0

毒ガスをつくった男、フリッツ・ハーバーの数奇な人生

12/13(日) 9:58配信

フランスとの国境に近い人口4万人ほどの小さな町、ベルギー西部のイーペルには、一つの言い伝えがある。
多くの血を吸った大地には真っ赤な花が咲くという。この町を訪れた時、確かに驚いた。戦没者の白い墓石が並ぶ草原には、あまりに鮮やかな深紅のバラやポピーが咲いていたからだ。

この町は今、3年に1度開かれる「ネコ祭り」で有名だ。世界各地からネコ好きが集い、ネコの仮装をして楽しむ。
中世に毛織物産業で栄えたイーペルでは、商品をネズミに荒らされないように飼っていたネコが繁殖しすぎてしまい、後にネコを駆除した歴史がある。
この悲しい過去を忘れないために行われているイベントという。

だが最初にイーペルを世界的に有名にしたのは、1914年に始まった第一次世界大戦である。
ここは史上初めて本格的な毒ガス戦の舞台となった町なのだ。催涙ガス弾などはそれまでにも使われていたが、
ドイツ軍はイーペルの草原で15年4月22日、致死性の高い大量殺傷用ガスを初めて用いた。
人の粘膜を破壊し、呼吸困難などに陥れて殺害する塩素ガスである。これをきっかけに、ドイツ軍に限らず英仏など連合国側もたがが外れたように化学兵器を使い始める。
双方はホスゲンなど新種の兵器を次々に投入。第一次大戦での毒ガスによる死者は約10万人に上り、市民も含む100万人以上が負傷したといわれている。

「第一次大戦から100年を過ぎても、イーペルではまだ発見されるものがあります。何か分かりますか」。
大戦開始から100年の節目だった2014年に私がイーペルを訪れた際、戦場跡を案内するガイドをしていたアンドレ・シャウブレクさんが兵士の墓の前で問いかけてきた。
「骨です。毎年、当時の兵士の遺骨が必ずどこかから見つかるんですよ。でも多くは身元が特定できないまま埋葬されてしまいますけどね」

毒ガスが使われた第一次大戦を「化学の戦争」、原子爆弾が使われた第二次大戦を「物理の戦争」と呼ぶことがある。
戦争と科学の発展は切っても切れないが、その陰で戦闘員ではない大量の一般市民が命を落としてきた。
こうした兵器を開発した人は、どんな思いで生涯を過ごしたのだろう。今回のコラムでは、毒ガス開発を手掛けた一人の化学者の数奇な人生を紹介したい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7bbae71a860eaed55d966c431ca610005fc95a3e

2 : 2020/12/14(月) 00:20:28.79 ID:pyt+4N8Z0

◇今も続く追悼式
イーペルは毒ガス戦だけでなく激しい砲撃戦の舞台ともなった。今、この町には当時ドイツと戦った英国側の戦没兵の名前が刻まれた門「メニン・ゲート」がある。
大英帝国戦没者墓地委員会が1927年に建立したもので、5万4896人の名が残る。
英国をはじめとした連合軍兵士は、この門を起点に戦場へ向かった。門にはオーストラリアやインド、カナダなどからの出征兵士の名前も多い。
祖先の追悼のため、今も世界中から多くの人々が訪れる場所だ。

14年に私がここを訪れた際、オーストラリアから来たジャン・スコット・ダークさんという52歳の女性に会った。
門に設置されている祭壇に花輪を手向けていたので、話を聞いてみると、やはり戦没者の子孫だった。
「1917年に20歳で戦死した大叔父ジェームズの追悼に来ました。今の私の息子と同じ年齢なんですよ。今、壁面に大叔父の名を見つけました。胸が詰まりました」

イーペルでは毎晩、戦没者の追悼演奏が行われる。式典を主催する民間団体「ラストポスト協会」はトランペット演奏をする楽団を含め、
20人以上のスタッフ全員がボランティア。各自、仕事が終わってから門に駆け付け、15分ほどの式典を行う。
この団体幹部のベノワ・モトリーさんは、式典を取材していた私にこう話していた。
「1928年以降、ナチス・ドイツによる占領時代を除いて毎日続けています。追悼の思いを一日たりとも忘れないためです」

20年には新型コロナウイルスの影響でこのイベントの続行が危ぶまれた。
だが欧州メディアによると、今も見物客の人数を制限し、互いの距離を取りながら、追悼演奏は続けられているという。

 
◇「英雄」を待ち受けていた運命

さて、ドイツの英雄となったハーバーはその後どうなったか。33年にヒトラー率いるナチスが政権を握ると、人生は暗転していく。実は彼はユダヤ人だったのだ。
ナチスのユダヤ人迫害政策の影響で、徐々にハーバーは「追われる身」となる。ドイツを愛し、ユダヤ教からキリスト教に改宗までしたハーバー。
だが彼は結局そのドイツから裏切られ、33年に研究機関を去ることになる。フランスに住んでいた息子を頼り、まずハーバーはパリに逃げた。
さらに英国などを転々とした後、34年1月にスイス・バーゼルで病死した。ライン川が流れるこの町の目と鼻の先には、彼が愛し抜いた祖国ドイツがあった。

世界はその後も化学兵器を使い続けた。第二次大戦、ベトナム戦争、イラクのクルド人が虐殺されたハラブジャ事件、化学テロである地下鉄サリン事件、
そしてシリア内戦。第一次大戦から100年以上たった今も、それは現在進行形で人類の脅威であり続けている。

私はハーバーの人生を追ったベルリン特派員の任期を終え、その後カイロ特派員として中東に赴任した。
そして上記のハラブジャ事件の舞台となったイラクや、内戦下のシリアで取材する機会もあった。
シリアではアサド政権による猛毒神経ガス・サリンなどを使った化学兵器攻撃が何度も疑われている。
だが政権側はその度に使用を否定し、国際調査も進まない。その度に私はやり切れない思いになりながら、ふとハーバーのことを思い出していた。

ハーバーは毒ガスの使用について、同僚にこう説明していたという。「むしろ使用によって戦争を早く終結させ、多くの人の命を救える」。
この論理は、のちに第二次大戦で広島、長崎への原爆投下を正当化した米国側の主張にそっくりだ。
しかし大量破壊兵器の使用はこうして21世紀の今も続き、多くの人が命を失い続けているのが現実でもある。

祖国ドイツのため、化学兵器開発を誇りに思っていたハーバー。だが彼は死の直前、実は息子にこんな遺言を残している。
「クララと一緒の墓に埋めてほしい」。毒ガスを開発した男が人生の最後に思い出したのは、その毒ガスに最後まで抵抗した最初の妻クララだったのだ。
二人は今、スイス・バーゼルの同じ墓に眠っている。【篠田航一】 (登場する人物の肩書や年齢などは原則として取材当時のものです)

https://news.yahoo.co.jp/articles/7bbae71a860eaed55d966c431ca610005fc95a3e

3 : 2020/12/14(月) 00:21:54.60 ID:ZWHNjz8u0
ハーバーボッシュ法?
4 : 2020/12/14(月) 00:27:14.40 ID:BzeCyxoo0
ちんだる現象
5 : 2020/12/14(月) 00:30:14.31 ID:05F1GfFh0
理系女の奥さんは自殺と
7 : 2020/12/14(月) 00:35:06.86 ID:Frt/g+xU0
>毒ガスが使われた第一次大戦を「化学の戦争」、原子爆弾が使われた第二次大戦を「物理の戦争」と呼ぶことがある。

じゃあ第三次世界大戦はゾンビやクローンを使った「生物の戦争」だな

11 : 2020/12/14(月) 00:51:23.61 ID:XRcLh4kga
>>7
中共コロナで人類はウイルスの恐ろしさを思い出した
12 : 2020/12/14(月) 00:52:02.35 ID:BAKedDbM0
>>7
生物兵器は十分有り得る
コロナであれだけ経済壊れるんだから
8 : 2020/12/14(月) 00:35:35.62 ID:ajNBfeWU0
ハーバー、アインシュタイン、どうして差がついたのか。慢心ナントカカントカ
10 : 2020/12/14(月) 00:47:22.15 ID:rrZlP0ACx
フランケンシュタインの誘惑

過去最強におもしろいドキュメンタリーシリーズだわ

13 : 2020/12/14(月) 01:09:27.76 ID:qF/OIKsDM
ハーバーボッシュ法のハーバー?
14 : 2020/12/14(月) 01:10:33.95 ID:aH4wNxb30
『毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者』 朝日新聞社

日本でも講演したことがあるんだよな

15 : 2020/12/14(月) 01:47:10.15 ID:XS1lRm1f0
科学者でマイナーだけど
すごい人ってどんな人がいるの?
16 : 2020/12/14(月) 02:14:34.80 ID:U+VZBPUsa
毒すが
17 : 2020/12/14(月) 02:28:20.92 ID:HPaHInG30
『空中窒素固定法』の格好良さ
18 : 2020/12/14(月) 02:30:05.64 ID:ulLuawW00
こいついなきゃみんな飢えて死んでた
19 : 2020/12/14(月) 02:44:46.02 ID:hrcGmPsh0
ハーバーボッシュのハーバーか
化学兵器よりも窒素の方が戦争貢献大では?
20 : 2020/12/14(月) 02:54:18.39 ID:c0/SfYuh0
ボッシュってだれ?
車の人?
21 : 2020/12/14(月) 03:17:20.18 ID:tKKkY8St0
アンモニア大王
22 : 2020/12/14(月) 03:19:27.44 ID:ZrEvCsNm0
フランケンシュタインの誘惑で見た
23 : 2020/12/14(月) 03:57:26.70 ID:Kr3mRhZH0
化学兵器より爆薬と肥料を無限に生産できるようになった方がすごい
24 : 2020/12/14(月) 06:55:56.23 ID:KlyQ9QZW6
「栄光なき天才」で知った
25 : 2020/12/14(月) 06:58:22.89 ID:orodTBvZ0
窒素肥料の革命だったんでしょ詳しくは忘れた

コメント

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